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2019.8.9
株式会社アージュ 代表取締役
井上 トキ子 氏

インストラクターとして、そしてインストラクター育成者としてフィットネス業界を牽引してきている井上トキ子さんが、注力している自身考案のSintex®(背骨の調律エクササイズ)の可能性について伺ってみました。

プロフィール
井上 トキ子[いのうえ ときこ]
全日本空輸株式会社(ANA)を退職後、ティップネスをはじめ全国の総合フィットネスクラブ等でスタジオエクササイズ部門のアドバイザーを歴任しながら、数多くの新規事業経験を積む。延べ1万人以上のインストラクターやリーダー達の教育者として関わる。現在は、「背骨で人生の質を高める」という理念のもとに開発した『Sintex®(背骨の調律エクササイズ)』の全国普及に邁進中。2016年春には、大手外資系IT企業内に新設されたフィットネス施設の顧問に就任し、企業フィットネスにも本格的に参入。ストレスを抱えながら働く企業人の「心と体と絆の健やかさ」を高めるための取り組みにも手腕が発揮されている。瞑想やレジリエンスに関する指導資格も有する。
 

Q1 フィットネス業界で独自のポジションを歩んでこられた井上さんです。この度独自のプログラム体系を編みリリースされた経緯を教えてください。


ANA新入社員時代に、ストレス解消のために入会したスポーツクラブでエアロビクスに出会い、のめり込みぶりと体力を見込まれてインストラクターにスカウトされたのが入会1年後。本業と掛けもちの“ながら”インストラクター時代を含めると、指導歴は34年に及びます。
 
私を一瞬で虜にした1980年代半ばのエアロビクスは、トレーニング要素が強い分今よりずっとシンプルで、だからこその爆発的な運動量と若い世代がハマる独特の熱感と華やかさで、瞬く間に世のトレンドとなり、スポーツクラブの花形的存在でした。おそらく私は、この原体験が忘れられないのだと思います。
かつて一世を風靡した最高の有酸素トレーニングであるエアロビクスが「時代遅れ」というレッテルを貼られ始めたあたりから、「あの輝く時代にあって、今消えてしまったものは何だろう?」という思いがずっと頭の中にありました。
 
同時に、エアロビクスを始めてから20年後に酷い坐骨神経痛を患ったこと、更には同時期に同世代の指導者たちが次々に傷害に苦しみだしたという経験が、「昔からのやり方や教え方が本当に正しいのか?」という新しい疑問を生んでいきました。「エアロビクスという歴史の浅いエクササイズの価値は、エアロビクスをずっと続けた人たちの老後の心身の状態で判断されるはずだ」と言っていた私自身の反面教師的経験が、自身の指導方法や指導内容を見つめなおすきっかけになったのは間違いありません。
 
私は30歳前後から数十年にわたり、複数のフィットネスクラブでアドバイザーを歴任しながら、フィットネス資格発行団体のディレクターとしても多くのインストラクターの教育や新規育成に携わってきました。研修やセミナー・技術査定・オーディション等で、全国各地のグループフィットネスインストラクターをずっと見続けてきたわけです。
 
フィットネスインストラクターの身体能力の低下は、「短期間・安価・容易」に指導者になれる養成機関の増加に比例して目立つようになってきました。加えて、特に総合フィットネスクラブではレッスンの短時間化が進み、1レッスン内に有酸素パート・筋力強化パート・ストレッチパートを全て含むトータルワークアウト的なレッスンがどんどん減っていったことで、レッスンを指導しながら自身の体力やコンディションもバランスよく向上できるという副次的効果を得ることが難しくなってしまったのです。この辺りから、特に高強度のレッスンを担当していたインストラクター陣から「傷害(特に慢性の痛み)がなかなか治らず、将来が不安」という声をよく聞くようになりました。
 
 
私もその一人だったのですが、引退を覚悟するほど、どんどん悪化していった坐骨神経痛を治す過程が、新しいエクササイズSintex®の開発に繋がり今に至るのですから、まさにピンチはチャンス!今となっては全て必然の出来事だったのだと思っています。
 
坐骨周辺の痛みが下肢全体へと順に広がり、やがてつま先立ちや正座もできないほど悪化した坐骨神経痛から私を根本的に救ってくれたのは、薬でも治療でもなく、一人のパーソナルトレーナー(鈴木 亮司さん)との出会いであり、アクティブケアとして毎日続けられる緩い緩い調整トレーニングでした。
 
特に以下の3つのワークの地道な継続です。
 
①大腰筋を緩める(使えるようになったのはもっと先の話。笑)
②仙腸関節を緩める
③背骨(特に胸椎)の各運動(屈曲・伸展・側屈・回旋)
 
この経験を元に、「この3つのワークを組み込んだ立位中心の新しいボディワークを創ろう!」という想いで開発したのが『21世紀美容体操』。
 
同時に、多くのベテランエアロビクスインストラクターが様々な痛みを抱えている原因の一つが“背骨・仙腸関節・大腰筋の不活性”であろうと考え、“従来のエアロビクスは体に悪いのでは?”という仮説から、これらを活性化しながらノンストップで動き続けられる『ちょっと古くてちゃんと新しいエアロビクス』を構築し、指導者向けワークショップの全国展開をスタートさせました。2015年のことです。
 
前者が現在のSintex®の『Reborn(改適プログラム)』、後者が『Cardio(燃焼プログラム)』となり、今に至っています。
 

Q2 Sintex®普及活動での手応えについてお聞かせください。


女性向けエクササイズという印象を与えやすかった『21世紀美容体操』という名称を、Sintex®(シンテックス)に変更したのが2016年。だいぶ言いやすく、書きやすくなりました。笑
 
Sebone(背骨。英語でもSpineで頭文字がS)
integrated(統合という意味の英語)
exercise(エクササイズの略で、背骨の調律エクササイズと銘打っています)
 
『背骨で人生の質を高める』というプログラムコンセプトはそのまま、老若男女問わず、より多くの方々に届けていくために、名称以外にも色々な変更に着手しました。
運動が苦手な人にも気楽にトライしてもらいやすい、脱力系連動エクササイズである『Tone(回復プログラム)』を新たに加え、プログラムを以下のとおり3本化したのもこのタイミングです。
 
①『Tone(回復プログラム)~眠れる体づくり』
②『Reborn(改適プログラム)~動ける体づくり』
③『Cardio(燃焼プログラム)~痩せやすい体づくり』
 
実は、Sintex®指導者養成コース生の動作改善スピードを高めるために、養成カリキュラム内に投入したトレーニングが『Tone』の基本エクササイズになっています。特に、手足や首肩の力が抜けず、背骨の自然なアーチや全身の連動感覚が不足していた養成コース生の動作改善に効果抜群でした。
 
鍛える前にまず緩めることから始める大切さを目の当たりにし、Sintex®の入り口プログラムとして独立化させることを決断。この『Tone』のプログラムの指導ライセンスは1日で取得できるようにし、事前事後学習として活用できるDVDも作成しました。
受講中に何度も聞こえる「眠くなる~」の言葉と、受講後に数多く届いた「すごく眠れました!」のメッセージが、そのまま『Tone』のプログラムテーマ、眠れる体づくりとなったわけです。
 
力を抜くチカラを育むという、ありそうでなかったこの新しい脱力系プログラム『Tone』の誕生が、Sintex®プログラムの可能性をぐんと拡げることになりました。リブランドとほぼ同じタイミングで、企業の健康経営サポート事業に着手していた私は、動くマインドフルネスプログラムとして、このプログラムをまずは外資系某大手IT企業の晩のレッスンで実践。脳疲労や睡眠の質低下に悩む方々からの高評価に、確かな手ごたえを感じました。
 
眠れる体づくりが、企業人の仕事パフォーマンスを高めることに繋がると確信し、野村健一郎Sintex®チーフ・テクニカルコーチに、椅子に座ったまま行える短時間の『Tone』プログラムの開発を依頼しました。案の定、椅子に座ったまま、着替えも不要で、短時間で首・肩・腰のすっきり感を味わえる30分プログラムは、ランチタイムフィットネスに最適だと、導入してくださる企業が増えたのです。
さらには、この『Tone』導入がきっかけで、上位プログラムの『Reborn』や『Cardio』にも興味を示してくださる従業員の方々が増え、それが他プログラムの導入へつながるという嬉しい連鎖も体験しました。
 
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Q3 Sintex®の望ましい将来的姿(ポジショニング)はどうありたいですか?

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Sintex®は、グループで受けていただくことを推奨しています。マンツーマンという狭い空間よりももっと広い空間で指導者の動きを追うことで、全体視野&瞬時判断という右脳力を高めやすくなりますし、自分以外の誰かと一緒に受けた方が、自分の状態に気づきやすいことも多いのです。
 
また集団の波動が揃っていくときの場の一体感や、音楽や動作表現から生まれるエモーショナルな感覚を誰かと共有できた時の幸福感の体験が、共感力を高めることに繋がりやすいことも報告されています。
 
ですから、Sintex®の指導者養成コース(特に養成日数の多い『Reborn』と『Cardio』)では、エクササイズの動作力やクラス展開力だけではなく、「集団を教えるための指導力」を磨くことにも注力しているのです。集団を教えるための指導力とは、まさに全体視野と瞬時判断力であり、集団の中の個に合わせてカスタマイズしながら、一体感を創出していく能力で、実はとても高度な能力なのです。
 
私自身は、このグループに対し巧みに運動を指導する能力がもっと評価され、質の高いグループエクササイズ指導者がフィットネス以外の領域でより多くの人に貢献できる世界を作りたいと思っています。Sintex®を通じて、Group Wellnessという概念を拡げていきたいと言った方がいいかもしれません。
 
 
Sintex®の理想的な将来像を一言で表すとするなら、ズバリ『Beyond Fitness!』フィットネス業界を超えて、もっと広く多くの方々の健やかで幸せな人生のために役に立てる存在に育てたいと思っています。
 
まずは眠れる体づくり『Tone』の提供先を、フィットネス業界以外の領域にどんどん拡げていきます。眠りの質を高め、より健やかな生き方や働き方に繋げていくという健康啓発は、職域以外にも、介護・医療・旅行業界など様々な領域でまだまだ貢献できそうです。

動ける体づくり『Reborn』と痩せやすい体づくり『Cardio』は、学校教育との連携の可能性を探っているところです。まずは体育系の専門学校等で、エアロビクスに代わるカリキュラムとして採用していただくアクションから実行していきます。パーソナルトレーナーを志望する学生も、音楽を活用した有酸素トレーニングをグループで教えられる能力を身につけると、活動の幅をかなり拡げられると常々思っていた私です。
 
でも、私の究極の目標は、エンジニアやゲームデザイナーを育成するような学校機関にSintex®授業を採用してもらうこと。長時間座りっぱなしで運動不足に陥りがちな学生たちにこそ、身体を動かすことやグループエクササイズでクリエイティビティを育む経験をしてほしいのです。運動したほうが眠りの質が高まりますし、音楽を活用したグループエクササイズを体験した後にクリエイティビティが高まることが多いということをできるだけ若いうちに経験することで、公私ともにより幸せな人生に繋がる習慣が早く身につきますから。
 
トレーニング要素の強い『Reborn』や『Cardio』は、音楽に合わせて踊る高揚感を体験していない男子学生の方がハマりやすいという事実は、実はあまり知られていないのですけどね。笑
 
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痩せやすい体づくり『Cardio』は、従来のエアロビクスよりももっと幅広い層(低体力者~高体力者)に対応可能なため、自治体とのコラボレーション事業に最適で、ご当地体操をオーダーメイドで作成する提案などが功を奏し、すでに新規事業として前に進みだしています。
 
住民のメタボ改善や健康寿命の延伸といった成果に繋がる成功事例を一つずつ積み上げ、今や世界一の長寿国となった香港に倣い、近所の住民が思い思いの運動に興じる健康ステーション的な公園が全国に増えるような日本づくりに寄与できれば本望です。
メタボ改善やスタミナ向上に繋がる優れたソリューショントレーニングとして、Sintex®『Cardio』がエアロビクスに代わる存在として認知され、もっと沢山の人の健康づくりに役立てられるような未来を創りたいですね。
 
そのためにも、今後はフィットネス領域以外の専門家の方々との交流を深め、お互いのコミュニティがWin‐Winになれるような協業・新しいプラットフォームの創出に力を注いでいきます。
 
 
インタビュアー:大川耕平

[取材日:2019年8月6日]