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2008.07.14 トータルフィット株式会社 代表取締役  梅田 陽子 氏

今、企業・健康保険組合における健康管理の2大テーマは、メンタルヘルスとメタボリックシンドローム対策といってよい。ストレス食い・ヤケ食い・ヤケ酒という言葉があるよう、心と肥満の間には密接な関係があり、メンタルヘルスとメタボリックシンドロームは、ある意味同時に解決していくべきことでもある。 そのような状況の中、心を重視した運動療法によりメンタルヘルスとメタボリックシンドロームの両方を改善しようとしているのが、トータルフィット株式会社が提供する『マインドボディフィットネスプログラム』。フィットネスの現場を知り尽くし、企業人の生の声を聞き続けたゆえに、その問題点にもいち早く気がついたという梅田氏に、プログラム開発の背景や今後の展開について話を伺った。
梅田 陽子[ うめだ ようこ ]
日本体育大学女子短期大学卒業後、放送大学で心理学を学ぶ。教育学士。体育教師、フィットネスクラブのインストラクターなどを経て、健康の保持増進のための運動指導や食事指導、心理療法などの指導を行うトータルフィット株式会社を設立。現在では京都大学非常勤講師やNPO法人の理事も務めるなど多忙な毎日を送っている。

身体を動かすことで心も健康に

『マインドボディフィットネス』は、ストレスなどによってアンバランスになった心身の状態に気づき、人が本来備えている自分を調整する力(自己恒常性)を維持・回復させていくリラクゼーションプログラムのこと。 「身体を動かすことが心にも影響を及ぼし、心身ともに健康になることを目指しています。近年ブームが続いているヨガなどのように、同じ考え方をする運動は他にも数多くありますが、運動生理学に基づき、科学的背景のもとにプログラムが組まれているのが、『マインドボディフィットネス』の最大の特徴です」と梅田氏は話す。 準備体操で身体を動かしながら「突っ張り感」や「動かしにくさ」から筋肉の緊張や疲労度に気付いていく。その後フロー体操と呼ばれる軽い有酸素運動を行い、後半は自力で抵抗を加えたストレッチで筋肉をほぐした後、自律訓練法や呼吸法などを用いて気持ちや自律神経のバランスを整える。これらが一連の流れの中で無理なく行われるよう組み立てられている。

きっかけは、フィットネス会員のひとことから

梅田氏はもともと、大手フィットネスクラブのチーフインストラクターだったという。開催するレッスンは人気があり、連日多くの参加者が集まったが、ある日、会員のひとりが言った言葉に梅田氏ははっとする。 「『昨日は思い切り体を動かせて、とっても楽しかった! あまりに興奮して、夜寝られなかったです』とおっしゃった方がいたんですね。そのとき、この状態は果たして健康なのだろうか、と違和感がありました」 さらに、指導をするなかで常々抱いていた疑問もあった。「運動すれば健康になれると指導していましたし、自分自身もそう思っていました。ところがある時、私自身、精神的にあまり調子が良くない状態が続いたんです。インストラクターとして毎日こんなに運動していて体はとても健康なのに、こんなに気分が落ち込むなんて、おかしいぞと思いました。毎日“ストレスを解消するため”といってフィットネスクラブに通ってきている方たちも同じです。あんなに動けて健康なのに、ストレスはたまるのかと思うと、健康とはいったいどんな状態だろうと考えましたね」 忙しい現代人の需要にあわせるように、フィットネスクラブはどんどん営業時間が長くなり、夜遅い時間までエアロビクスのような運動強度の高いレッスンを開催している。本来なら副交感神経が徐々に優位になるべき夕方から夜の時間に、交感神経を刺激する激しい運動をすることは、自律神経の乱れを引き起こしかねない。さらに、「正しい動きを教える」という運動指導が、必ずしも心身の健康につながるというわけではないということに気づきつつあったのだ。 運動生理学と心理学をあらためて勉強する必要があると感じた梅田氏は、ふと手に取った雑誌で、『マインドボディフィットネス』という講座の記事を目にする。梅田氏はその場でその講座の開発者である脳力開発研究所の志賀氏に連絡を取り、会いに出かけた。脳波を研究していた志賀氏が提唱していた「自己恒常性を保つひとつの方法として運動が有効だ」という考え方を聞き、自分の疑問の答えはここにあるのではと感じた。 研究者である志賀氏は運動実技に関しては専門外である。そこで運動プログラムの構築に関しては梅田氏が担う形となり、海外の様々なボディーワークの研修を受けたり、大学機関との共同研究などに携わったりしながら、ともに『マインドボディフィットネス』の体系を作り上げていった。

講演会、CD、DVD販売などユーザー接点を幅広く

その後、志賀氏から商標登録の権利を譲渡された梅田氏は、オリジナルプログラムとして『マインドボディフィットネス』をフィットネスクラブなどで指導。現在では自治体や企業の健康研修会といった直接指導のほか、講演会、CDやビデオの販売なども手がけている。 なかでもCD「マインドボディフィットネス‘ピュア’」は、多くの人々に『マインドボディフィットネス』が知られるきっかけとなったが、開発背景としては、イベントや講演会で実際に『マインドボディフィットネス』を体験してもらう際にリラクゼーションの部分をテープに録音して持ち帰る参加者が多いことに気づいたことがあったという。CDには、リラクゼーション(主に呼吸法・自律訓練法)指導つきのパートと、同じBGM(音楽だけ)のパートを用意し、一人でも簡単に活用できるようになっている。個人だけでなく企業内研修では参加者全員が購入したこともあると言う。 講演会は企業からの依頼が数多く寄せられているが、その理由は講師の質と斬新なプログラムにあるという。1人の講師が講話と運動実技を巧みにこなす。運動はメタボリックの予防改善はもちろんメンタルヘルスにも効果的と「マインドボディフィットネス」を実施する。座学中心ならリラクゼーションとして自律訓練法を行なうだけでもよいという柔軟さもこのプログラムの特長だ。

心がけるのは、ポリシーの徹底

「CD『マインドボディフィットネス』をかけるだけ、講演を受講するだけに留まらないでほしい。一番大切なのは運動(ボディ)と心理的効果(マインド)はそれぞれが深く結びついていることを理解すること。身体からアプローチすることで心に変化をもたらすことに気付くことです」 「弊社に所属している指導員は、健康運動指導士と産業カウンセラーの資格を持っているなど、身体面と心理面の両方の勉強をしている人がほとんど。「心身健康づくり研究会」と言う組織を作っており、その会員に属しています。会では研修や会報で知識や技術の向上をはかるだけでなく、会員同士のコミュニケーションを重要視しています」 まずは指導員である自身の心と身体のバランスを保つよう、日頃から疲労の対処やストレスの解消に努め、何かあったときは1人で悩まずお互いにサポートする関係を持つ体制にしているとも語る。

今後の展開

今後特に力をいれていきたいのは、企業内研修と介護予防を含む高齢者指導だという梅田氏。特にメタボリックシンドロームやメンタルヘルスは「予防する」という考え方が一般の人々にも浸透してきている。 「企業におけるメンタルヘルス不全は増え続け、メンタル面の不調は今や誰もが『明日はわが身』の状態です。実はそれらは別々におこっていることではなく、一人の人間の中で生じている問題。身体と心をひとつに同じものとして扱うという考え方に、もう少し目を向けて欲しい。運動は内臓脂肪を燃やすためだけのものではなく、心の安定や活気も生み出す。『心身一如』なのです」と梅田氏は語る。 マインドボディフィットネスについては、実際にメンタルヘルスとメタボリックシンドローム対策として企業から声がかかるのが増えてきているという。 学会だけではなく厚生労働省老人保健健康増進事業に研究協力者として携わったり中央労働災害防止協会(中災防)が主催する全国産業安全衛生大会での研究成果の発表を行うといった活動を通して、徐々にその考え方は浸透してきているといえる。さらには現場担当者レベル、また一人ひとりの意識を変えていきたいのだと梅田氏は締めくくった。 [ 取材日:2008年6月10日 ]