person060117.jpg

2006.01.17 内閣府食品安全委員会 事務局技術参与 女子栄養大学実践栄養学部非常勤講師  橋本 正子 氏

今回、お話をお伺いしたのは、『「健康マーケティング」に学ぶコミュニケーション戦略 いい商品は、他人に売らせなさい!』(同文館出版)の著者である橋本正子さん。説得力を与えるためのキーワードであるブランド力、ライフスタイル、ストーリーについて、様々な事例を用いた分かりやすいお話を聞くことができました。
橋本 正子[ はしもと まさこ ]
内閣府食品安全委員会技術参与。女子栄養大学実践栄養学部非常講師(フードコミュニケーション論)。日本ケロッグ株式会社で、マーケティング部部長や消費者広報室長を歴任。法政大学大学院経営学専攻(MBA)課程終了。

-まず、橋本さんの現在の主なお仕事内容について、簡単に教えていただけますか?

橋本さん  今は、内閣府食品安全委員会の事務局としての仕事がほとんどです。食品安全の推進をサポートするために、アメリカの情報収集を行っています。FDAの情報や、BSE関係の情報収集が多いですね。 アメリカの健康情報については、興味があるので自然と目に付きます。LOWカーボの話とかそれがもう終わりかな、といった動向まで。

-大学でのお仕事はどうですか?

橋本さん 女子栄養大学では、主に前期に1コマしか持っていないのですが、4年ほど、フードコミュニケーション論を教えています。この大学は、管理栄養士を育てる学校なのですが、管理栄養士のニーズは、流通からフードサービス業界と幅広くなっており、マーケティングセンスや消費者のヘルス志向の理解力を持ち合わせた学際的な人材が求められています。ですので、マーケティング的な物事の捉え方、考え方についての講義を行っています。

-健康ビジネスに関わることになったきっかけについて、教えて下さい。

橋本さん もともと外資系のシリアルメーカーで、栄養学の知識を使ってPR戦略を立たりマーケティング戦略に係わるという職に就いていました。この会社では、ブランドマネージャーなどマーケティングスタッフの他に、各国のオペレーションにこういった専門家が配置されているのです。 会社自体が「シリアルは健康をターゲットに売る」というコンセプトを持っていたので、自分もどちらかというと健康という切り口で入って、その後にマーケティングの力をつけていったという感じです。それまでの知識を体系的に学びたくて、在職中に法政大学でMBA(経営学修士)を取得しました。そこで、健康マーケティングについての自身の持っていた概念について考察を深めることができました。 健康マーケティングというのは、アメリカのマーケティング分野では、一つの分野として確立されているもので、nutrition marketingと言われています。

-健康マーケティングと他のカテゴリーのマーケティングとは、どのような点が違うのでしょうか?

橋本さん PRに力を入れるIMC(Integrated Marketing Communication)というコミュニケーション手法が、他の分野に比べて、重要になっていると思います。 具体的には、テレビ、印刷媒体、街頭、スーパーマーケットなどの店頭、インターネットなどのメディアの様々なコミュニケーションポイントで統一したメッセージをアピールし、注目度をあげるコミュニケーション手法をいいます。 現在の日本では、マーケティングにおけるコミュニケーション方法というと、テレビ広告であることが多いのですが、これは、GRP(累積視聴率:テレビ広告が取り引きされる単位。視聴率1%番組に15秒広告を1本流すことが1GRP)などの数値によって、費用対効果が数字で分かりやすいからです。なので、 PRといった数値では効果が測りにくいものに対して、理解が浅く、値打ちが分かる人が少なかったのでしょう。

-では、なぜ健康マーケティングにおいては、PRが有効なのでしょうか?

橋本さん 説得力の差だと思います。現在、情報リテラシーが高い消費者が増えており、テレビで流れている広告は、その提供企業がいいたいことだけを言っていると理解されています。これが健康マーケティング分野に関わらず、広告の効果を薄れさせている原因でもあるのですが・・・ 特に健康マーケティングの場合は、特に「どうして、なぜ、どういう場合に、どんな効果があるのか」を的確に伝えなくてはなりません。つまり、理屈と機序 (効果の表れる順序)の訴求が重要です。もともと興味のある人は、インターネットなどにアクセスして自ら情報にたどり着くのですが、そうでない人に対しては、誰かに信頼できる第三者に取り上げてもらい、アピールするしかありませんので。これが、健康マーケティングにPRが必要な由縁の一つです。

-例えば、どのようなものがありますか?

橋本さん 明治乳業の「LG21」ですね。 まずは、乳酸菌LG21というものが、ピロリ菌に効くことを、お医者さんがアピールするのです。受け取る側は、LG21という乳酸菌の話を聞いていて、それが頭に残っている。そしてある時、明治が「LG21」というヨーグルトを出した。「あれ?これって!?」ということになりますよね。 この良いところは、ニュースを作ってしまうということです。様々なところで露出するのが大切なのです。広告でも、ニュースでも、情報番組でも。受け取る側に予備知識があるか、ないかの差がとても大きいのですよ。予備知識があれば、広告がアンテナにかかりやすくなるからです。

-なるほど。では、そのアンテナにかかって、買ってもらったとします。そのあと、続けさせる工夫としては、重要なのはどのようなものでしょうか?

橋本さん 1つの手段として、定期的な情報を発信があげられます。囲い込みですね。今は、メールという手段がありますので、個人のニーズにあったパーソナライズされた情報を送り、定期的にリマインドさせると良いと思います。これに関しては今のところ効率的なシステムがないようなので、ビジネスチャンスがあるのではないでしょうか。パーソナライズして、お医者さんなどの専門家とタイアップして、フィードバックするような効率的なシステムを、ね。 特にサプリメントの会社とかトクホとか。健康を気にするけど生活習慣を変えたくなかったり、薬を飲むのはできるだけ避けたかったりする消費者と企業側のニーズが一致しているところへ、信頼性のあるお医者さんの助言をもらえるわけですし。メタボリックシンドローム(代謝異常症候群)といわれる生活習慣病を改善し将来的な医療費の抑制を考えると、社会的ニーズのあるこの分野はもっと発展すると思います。

-続けさせるビジネスの場合は、よくライフスタイルを売るということをよく聞きます。○○のある生活って、健康ビジネスに置き換えるとどのようなものでしょう?

橋本さん 健康のある生活をイメージさせるということですよね。 例えば、今まで出来なかった活動的な生活が出来るようになるとか、健康な未来像をイメージさせることですかね。他には、夫婦で健康になったら山登りが一緒にできるようになった、いきいきとした毎日を送れるようになった、仕事に積極的になったといったイメージでしょうか。女性の場合だったら、お肌がきれいになって、着る洋服や出かけるところが変わっていくことをイメージさせるのもいいと思います。 具体的なイメージが思い描けないと、分かりませんものね。どういう生き方をするか、そこにあるストーリーから、ライフスタイルまでが思い描かせることができるかということです。

-ライフスタイルを思い描かせる?例えば?

橋本さん 栗原はるみさんとか、藤野真紀子さんとかがいい例です。藤野さんは、お菓子研究家としてデビューした頃、ご自分で車を運転し作ったお菓子をきれいにラッピングして雑誌社にお持ちになったそうで、その時の様子で編集者が起用を決められたそうです。たぶん、お洋服とかもおしゃれで全体の雰囲気がステキだったのでしょう。 彼女の体現しているもの全てが、彼女の存在、生き方を現していて、そこに彼女のライフスタイルがみえていたそうですよ。

-健康食品の分野では、どのように有効なのでしょう? 橋本さん 印刷媒体では機能を、テレビ広告ではイメージを売ることが重要になってきます。ヘルシア緑茶は、テレビ広告でサラリーマンのライフスタイルを生活実感として取り上げていますよね。もう少し使用前と、使用後といったイメージで追求するのもいいかなとも思うのですが・・・

-ストーリーで売るということに繋がっていくのですね。

橋本さん そうですね。ストーリーで売るということは、ストーリーによって共感と納得を得るということなのです。 ストーリーとは「そのもの(事)について語られるべきもの」なんで、なんでもいいのです。社長の思いでもいいですし、こだわりの素材でも、作っている工場の話でもいいと思います。「プロジェクトX」の世界の話なんかがその一例ですよ。受け手が興味を持てるようになれば。

-その仕掛けって、どのようなものですか?

橋本さん なかなか思いどおりにできるかどうか難しいでしょうが、パブリシティを使って、口コミが自然発生的に広まるようにすることですね。そのためには、タネをたくさんまかなくてはならないですよね。眉付きのコアラのマーチみたいに。タネはたくさんまけば、それだけ広まる可能性がありますから。

-口コミで広がるにしても、ある程度のブランド力って必要だと思うのですが。

橋本さん 確かにブランドの力は、他との差別化を図るのにとても有効です。ただ、近年、そのブランドの影響力が弱まってきていると言われています。 一つにはスーパーのプライベートブランドとかがありますよね。常にブランド商品を買っていた人が、ある時、たまたまプライベートブランドの商品を買ってしまう。そのときに、いつものブランドじゃなくてもそれなりの品質で、しかも安いということに気が付いてしまうのですね。価格差を納得させるのがブランド力だとすれば、商品カテゴリーによりますが、それが薄れている気がします。これは世界的傾向ですね。

-ブランド力は必要ないということですか?

橋本さん ブランドがいらないと言っているわけではないです。ブランド力がないと、価格競争に巻き込まれてしまうだけですからね。

-では、どうするのがいいのでしょう?

橋本さん ブランドを育てるのにこれをやればOKというような簡単な解決策はないと思います。同じイメージを繰り返し、繰り返し訴えて、刷り込みを行うことで、その方法論として、ストーリーとライフスタイルを訴求することですね。従来型のメディア広告も必要なのですが、口コミとPRで確立されたブランドもあるのですよ。最近、ようやく理解されるようになったことですが、ブランド力を高めることを目標としたPR戦略も重要になっています。

-ストーリーとライフスタイルの違いについて教えていただけますか?

橋本さん ストーリーは、誰かに話したくなるような、そのもの(事)にまつわる物語です。事実やうんちくがあてはまりますね。それに、これには、個人の経験による口コミも含まれます。 ライフスタイルは、ずばりイメージのことですよ。これらの2つがブランド力を高めるために、必要なことと思いますよ。

-本日は、お忙しいところ、ありがとうございました。

■取材を終えて

今回のお話では、「ライフスタイルの提案」と「ストーリーを売る」とは、言い換えると「イメージを作り上げること」「事実を広く知ってもらうこと」だと実感しました。そのためには、PRやタネをまくことと同時に、「体現する」ということの重要性にも気付かされました。自社の商品、サービスに、オーラを出すための取り組みをしてみると面白いかもしれません。
今回のビジネスキーワード
説得力、口コミとPRの関係性、イメージであるライフスタイル、事実であるストーリー
[ インタビュアー:脇本和洋 ]