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2013.2.20
ピースマインド・イープ株式会社
取締役副社長 荻原 英人 氏

肉体面での健康(フィジカルヘルス)だけでなく、精神面での健康(メンタルヘルス)の必要性が高まっている。特にEAP(従業員支援プログラム)は多くの企業が検討、導入を行なってきた。しかしEAP導入による企業としての「効果」を評価するのは難しい問題だった。今回はEAPの研究を長年行い、ついに企業の生産性を評価するツールを開発した、ピースマインド・イープ株式会社の取締役副社長 荻原英人さんにお話を伺った。
プロフィール
荻原 英人[おぎわら ひでと]
英国ロンドン生まれ。国際基督教大学教養学部国際関係学科卒。1998年在学中より共同経営者としてメンタルヘルスサービスの(株)ピースマインド創業。2011年(株)イープと合併し、新たにピースマインド・イープ(株)として人と組織の生産性向上のコンサルティングサービスを展開中。産業カウンセラー、心理相談員。一般社団法人EAPコンサルティング普及協会監事、日本産業カウンセリング学会会員、EAPA(国際EAP協会)正会員、日本EAP協会会員。

メンタルヘルスのサポートの必要性

ピースマインド・イープ社は1998年に荻原英人さんと双子の兄弟、荻原国啓氏(社長)、現在アドバイザーを務める佐藤隆俊氏の3名で創業した。まったくの“1からのスタート”であったとのこと。まずはその辺りから伺った。
 
「創業のきっかけとなったのは、兄弟で事業の構想を色々と考えて動いているときに、MLB(メジャーリーグベースボール)選手のエージェントとして活躍していた佐藤との出会いでした。当時佐藤からメジャーリーガーの面白いエピソードを聞きました。
 
『自分が関わったチームにふたりのピッチャーがいた。二人とも160キロ近い剛速球を投げる。片方の選手は、毎年メジャーで活躍するローテーションピッチャー。もうひとりは、毎年メジャーとマイナーを行ったり来たりの泣かず飛ばずの選手。その二人の差をチーム関係者に聞いてみたところ“それはメンタルの差だよ”』と一言。
 
『前者は専門の心理カウンセラーと契約しているおかげで本番でも精神的な安定性を維持している。後者は観客の野次にいらついたり、ヘッドコーチとの人間関係がうまくいかないなど、精神的に不安定だった。長いシーズンを乗り切るためには、フィジカルの鍛錬以上に、メンタル面の調整が大切である』というような話でした。
 
その話を聞いた時、興味深いというのと同時に非常に新鮮な気づきがありました。日本人こそ、野球界ではもちろん、個人でも企業でもそのようなメンタル面のサポートが圧倒的に足りていないのではないか?という問題を強く意識するようになりました。
 
ちょうど1998年は自殺者数が急増し年間3万人を越えた年であり、不景気による社会の焦燥感もあり、学校でもいじめの問題などが社会問題として連日報道されていました。こんな時代の日本には物質的な豊かさではなく、心の豊かさやサポートが必要ではないか、と思ったのです。
 
それからメンタルヘルスサービスの環境を国内外でリサーチして、どんなアプローチのサービスが日本で必要かを考えていきました。そこで気づいたのは、支援する側と必要とされている層のアンマッチ具合でした。メンタルサポートをするカウンセリングサービスの一般的認知が低くイメージが良くなかったのです。
 
そこで、まずはそのイメージの払拭や必要性の啓蒙としてインターネットを活用して既存にない新しいサービスを提供しようと考え、まずは一般向けのオンラインカウンセリングのサイトの提供から始めました。当時は多くの専門家の間ではオンラインでカウンセリングをするなど、タブーのように思われていた状況でしたが、必要性を理解して賛同いただける専門家が徐々に増え、それに準じて利用者も増えてきました。利用者の声が集まりニーズがわかるようになって、サービスを開発して、という形でサービス内容を充実させていきました」
 
その後、企業向けプログラムを開発し、提携企業や専門家ネットワークを広げ、徐々に企業向けサービスであるEAP(従業員支援プログラム)を構築して、企業に提供してきた。
 
2011年4月には、日本におけるEAPの浸透を共にリードしてきた株式会社イープと合併し、新たに「ピースマインド・イープ」として体制を強化してスタートした。今では550を超える組織の生産性向上をサポートしている。
 

企業におけるメンタルヘルス

マスコミが連日のように話題にしている、メンタル不調の増加や高い自殺者数等、改善のためにメンタルヘルス導入も重要だが、メンタルヘルスそのものの課題も依然多い状況である。同社では、どのような点に注力しているのだろうか?
 
「企業では、メンタル不調による休職者や労災の増加、従業員が体調不良のまま出勤して生産性が低下しているプレゼンティーズムの問題、セクハラ・パワハラ等のハラスメントの問題などが増加しており、その解決および予防策が目下の課題となっています。この辺りはリスクマネジメントの観点での対策が必要ということですが、リスク予防の観点のみでは長期的な解決にはならないと思っています。これまで一部の“メンタル不調者”への対策というある意味ディフェンスのアプローチがメインの施策となっていましたが、これからは単なる従業員の健康管理という側面ではなく、企業の生産性向上を経営戦略の観点から、職場環境、従業員のワークライフバランスやキャリア支援、モチベーション向上等の多面的かつポジティブなアプローチを取っていく必要があると思います。
 
個人レベルでは、ここ10年あまりでインターネットやモバイルが普及したことにより、メンタルヘルスの予防になるリソースに以前よりも簡単に効率的にアクセスしやすくなったり、昔は専門家のみが知っている情報でも一般個人でも情報収集をできるようになりました。このことは、ある意味個人の予防の意識や知識向上に寄与していると思われるので、とても良いことだと思います。
 
ただ、今はその分情報過多になっていて、個人個人の課題なり悩みなりに対する適切なリソースへのリーチが逆に難しくなっていることと、情報の信頼性がわかりにくくなっている面があると思います。そういう意味でも我々のような専門機関やEAPサービスがゲートウェイとなって、個人個人に適切な専門機関やリソースに効率的に繋げる役割を果たせれば、と思っています」
 
企業におけるアプローチはかなり変化、進化してきている。具体的な対策を伺った。
 
「目下企業が抱えるメンタルヘルスにまつわる対策には、2つのアプローチが必要と思います。一つは、個別事例対応やコンサルテーションを通じてサポートしていく2次・3次予防や、予防の教育・啓蒙を図っていく1次予防と呼ばれる領域です。この1次予防から3次予防の取り組みは、引き続き基本サービスとして質の高いサービスを提供していきます。さらに施策の両輪として必要なのは、いわば0次予防とも言えますが、0からプラスもしくはプラスからより生産性を上げていくポジティブな取り組みです。つまり狭い意味での“メンタルケア”だけではなく、働く人と組織の“ウェルビーイング”へ貢献するソリューションを開発・提供していきます。
 
具体的な一つの取り組みとして、一般的なメンタルケアに留まらない“レジリエンス”という概念を提唱しています。レジリエンスとは、個人に本来備わっている挫折・困難な状況からの回復力を指す言葉で、個人の職場やチームへの適応力や問題対処能力を向上させ、結果として組織全体のレジリエンスを強化し生産性を向上させるというアプローチです。
 
昨今、震災、M&A、急速な海外展開等の激しい変化が企業の日常となっている中、個人にも組織にも変化への対応力が求められています。当社では働く人個人および組織が変化に負けずに成長・反映していくことに貢献していきたいと考えています」


職場での問題行動の改善、変化を可視化

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 メンタルヘルスに対する認知は広がってきたものの、企業がメンタルヘルスプログラムを導入するにあたり、評価は難しいと言われてきた。同社ではどのような取組で価値を伝えているのだろうか?
 
「企業におけるEAPの導入は、従業員および組織全体の“生産性の維持・向上”が主要の目的です。近年日本においては、労働者のメンタルヘルス不調の予防対策の一部として導入が浸透してきたため、本来の目的の“生産性”を具体的に反映した効果測定は十分になされていませんでした。
 
またEAPサービスの基本サービスであるカウンセリングに関しての効果は見えにくく、利用者の満足度調査では客観性に欠ける、専門家以外にはわかりづらいといった指摘も見られました。このように、EAPの提供者側も導入企業も、EAP導入のメリットの具体的な確認方法に課題があったため、当社では、客観的かつ生産性を反映した効果測定ツールが必要であるという認識を持っていました。
 
当社では国際EAP研究センターという調査・研究の専門組織を創って、EAPの効果測定に関する調査・研究を続けてきていました。先日、日本で初めてEAP導入の効果を仕事の生産性の変化を評価することで測るツールを開発し、調査結果を発表しました。こうした取り組みによって、仕事のパフォーマンスの向上や、職場での問題行動の改善などの変化が可視化され、EAPの効果を測ることが可能になります。
 
メンタルヘルスの問題は増えていて、支援サービスも必要とされながら、目に見えないため価値がわかりにくいものだったのが、こうしたデータが収集されてお客様へ提供するレポートや付加価値も可視化されてくることは、大きな意義があります。このような地道な取り組みがEAPの浸透を促し、延いては個人や企業のウェルビーイングや生産性の向上に繋がっていくものと考えています」
 
 

EAPサービスの品質の標準化と底上げを図る

『働く人と組織の生産性の維持・向上に貢献する』このコンセプトを一貫し、時代に合わせサービスのあり方を追求してきたピースマインド・イープ社。今回開発された“EAP導入の効果を仕事の生産性変化で評価するツール”を活かし、どのような展開をしていくのか?
 
「EAPの導入効果や提供側の質のレベルに関する一定の水準がわかるようになれば、EAPの浸透がさらに進むと思われますし、選ぶ企業側も適切な専門機関を選定できるようになります。海外では一般的で日本でも一部活動が始まっていますが、EAP機関認証のような第3者評価システムも今後浸透してくると思われます。
 
当社は、そのようなEAPの業界の底上げ・啓蒙や専門家の人材教育も合わせて、マーケットを牽引できる存在でありたいと思っています。そして日本はもとよりアジアで最も質の高いサービスと実績のある会社にしていきたいと思っています。
 
グローバル化の急速な進展にともない、人材支援も世界レベルで必要となってきます。当社は長年培ってきた海外のグローバルネットワークや海外赴任者への支援の実績が豊富にありますので、今後はその強みをテコにグローバル支援体制をさらに加速して、国内外の企業の生産性向上に貢献していきたいと思っています」
 
普段は物静かながらも、思考深く論理的に話しを聞かせてくれる荻原さん、今後もメンタルヘルスを牽引する存在として注目していきたい。


 
インタビュアー:大川耕平

 
[取材日:2013年2月20日]